歌に誘われてE
「長崎の蝶々さん」
皆さんは、同じ歌を連続で100回聴いたことがありますか。たとえそれがどんなにきれいな曲でも、またいくら上手な歌でも、これは相当からだに応えます。
「第3回マダム・バタフライ国際コンクールin長崎」のテープ審査(録音審査)のお手伝いをしました。日本の声楽界の大御所である畑中良輔先生と伊東京子先生、それに今オペラ指揮者として注目されている佐藤正浩先生を東京からお迎えし、長崎の先生方と一緒に2日間、朝から晩までプッチーニ。今回は、12の国と地域から150人を越える応募があり、ソプラノの課題曲は「ある晴れた日に」、テノールの課題曲が「さよなら、愛の家よ」。ともにオペラ「蝶々夫人」の中でも最も有名な2曲です。ソプラノの高い声で「♪あーる晴れた日ー♪、、、」と100人ですよ、これはほとんど拷問です。思わず、昔見たスタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』を思い出しました。ベートーヴェンの第九を何度も聞か され、治療(?)を受けるアレックス。ショッキングな映画でした。
今回も韓国と中国から、立派な声の持ち主が大勢参加されていました。日本も頑張れよ!と応援しながら聞くのですが、体格の問題なのか、声帯の問題なのか、日本勢はやや聞き劣りしていたような気がします。中には怒鳴っていたり、悲鳴に近い蝶々さんもあって、これではピンカートンはお舟に乗ってアメリカに帰っちゃうだろうな、と思いました。
さて、歌謡曲の世界でも、この蝶々夫人をモデルにした曲があります。皆さんよくご存知の美空ひばりが、昭和32年に歌った「長崎の蝶々さん」です。作詞・作曲は米山正夫。東宝映画『大当たり三色娘』の主題歌に使われました。
前奏はドラの音と、主に5度音程の東洋風な響きで始まり、1番の間奏には日本古謡の「さくらさくら」が。そして2番の間奏に、プッチーニの「ある晴れた日に」冒頭のメロディーが現れ、気の利いた編曲になっています。
決して歌いやすいメロディーラインではなく、しかもかなりアップテンポの曲なので、どちらかというと歌いにくい曲でしょう。しかし、当時20歳のひばりは、さらりと、しかも情感をこめて歌いあげていて、さすがに日本を代表する歌姫です。
プッチーニの蝶々夫人は、1904年にイタリアのミラノで初演されました。世界に数多くあるオペラの中で、長崎が舞台になったオペラは、他にありません。長崎市がマダム・バタフライコンクールに取り組んでいることはとても素晴らしいと思います。市が、県が実施するのではなく、県民みんなの財産、“マダムバタフライ”です。
最近、若手の落語家が様々な工夫を凝らして、古典落語を楽しく今によみがえらせています。舞台を長崎からベトナムに移して、蝶々夫人はミュージカル『ミス・サイゴン』になりました。タキシードにイブニングドレスでオペラ鑑賞、なんていう気取った取り組みでなく、街の中に自然にプッチーニや蝶々夫人が溶け込んでいったらいいなと常々思っています。ひばりが長崎の蝶々さんをさらりと歌ったように。
(2008年8月 長崎県音楽連盟 堀内伊吹) |